その他にある、人魚と空の小説です。
あまり物語としてちゃんとしてないので、設定くらいの気持ちで呼んで下さい。
「人魚と空」 人魚と人の話。(NLでもBLでも)
その年は嵐が多かった。
海に面したこの国では海洋貿易で栄えていたため、被害は甚大だ。
セル・アットラーは、漁師をしていたが、ある事情で今は貿易船が安全に航海するための重要な役割を任されている。
「セル?」
「なんだ?リリア」
「ずーっと水平線を見ているんだもん」
拗ねたように頬をぷくっとふくらませているのは、リリアという。
数カ月前、嵐に巻き込まれて瀕死だったところを助けてもらったのだ。
何故そんなことが出来たかというと、リリアが人魚だったからだ。
人魚は普段、人間の前には絶対に姿を表さないのだが、リリアは変わり者で、出会った日から、毎日のように、岸辺にやってきてはセルと話をする。
そんなことをしていれば他の人間に見つかるのも当然で、見慣れない人魚に人々は大騒ぎした。
人々は不吉なことの前触れだと怯え、リリアは捕らえられてしまった。
セルは漁師をしていたから、人魚の呪いなどを聞いたことがある。
だが、リリアが何をしたというのだろうか。
一平民にしか過ぎなかったが、リリアを救うために一か八か、セルはある提案をした。
人魚であるリリアは海のことには詳しい、だから嵐を予測することもできるのではないか。
異常なほど嵐が多い年だということも手伝って、提案は受け入れられた。
そうして、今はリリアとともに気象の観測をしているが、表向きはリリアの監視ということになっている。
「今日は穏やかな天気そうだね、リリア」
「うん、今日は航海日和だ」
二人は人目につかない海岸から、水平線を眺めていた。
「報告に行ってくる、午後には戻るから昼は食べておいてくれ」
「分かった」
セルとリリアはそれぞれ陸と海にわかれた。
海岸が二人をつなぐ唯一の場所なのだ。
リリアは昔から水面の上の世界が好きだった。
水面から顔を出すと、太陽の光は焼けるように熱く、風は刺すような乾きをもたらす。
それでも、青くどこまでも続く空や、そこを飛び回る鳥達が好きだった。
セルと出会ったのは嵐の日で、リリアにとっては都合が良かった。
船を見に行こうと決め、よく船が通る場所まで向かった。
船には人間が乗っている。ヒレをもたず水の中では生きられない、人魚と正反対の生き物。
けれど、似たところもある。言葉を話すし、歌が好きで、楽器を使う。
人魚も歌を歌う。人間の間ではその歌声を聞くと10年寿命が伸びるとか。
おかしな話だとリリアは思った。
太古には、人間が人魚を大量に殺したことがあったそうだ。
その頃は人魚の血や肉、特に心臓を口にすると不老不死の肉体を得られると信じられていた。
人魚はそれから人間との接触を避けている。それがお互いのためだ。
嵐のせいか人間たちは忙しない。
リリアは船がどこに向かっているのか気になった。
進んでいる方向に先回りすると、先にあるのは岩場で、このまま進むとぶつかってしまう。
「危ないな…」
船の方へ戻ると、ただでさえ忙しない人間たちはもっと慌てているようだった。
どうやら船は嵐によって舵を失っているらしい。
リリアは、船が難破するのをただ見ているしかなかった。
船はあっという間に沈み、助かった人間は非常用のボートに乗って何処かに流れていった。
まだ何人か浮いていたが、ほとんど息絶えているようだった。
リリアが帰ろうと向きを変えると視線の先に船の残骸にしがみつく人間がいた。
「生きてる…?」
近寄ってみると弱々しいが、まだ息はあるようだ。
その人間はひどい怪我を負っていて血が流れて出ている。
このままでは血の匂いによってきたサメに食われてしまう。
リリアはせめて陸には送ってやろうと、その人間を運んだ。
「急がないと…」
嵐が去った浜辺に人間を運ぶと、気休め程度だがケガに効くという海藻を傷口に貼った。
まだうっすらと意識はあるようだが、虚ろな目でリリアを見ていた。
「助かるかわからないけど、できるのはここまでだから…」
リリアは最後に歌を歌ってやった。
信じてはいなかった10年寿命が伸びるという言い伝えを、都合のいい時だけ信じてみる。
それから、セルとの付き合いは始まった。
…
浜辺でセルと別れた後、少し沖まで進み、魚を探した。
「あ、いた!」
リリアは鋭い牙で大きめの魚を捕らえ、その場で食べた。
セルにも持って帰ろうともっと大きい魚を追いかけた。
「待てー!」
「午前の報告は以上です」
「そうか、ご苦労」
「では、失礼します」
報告を終えて廊下を歩いていると嫌でも耳にしてしまうリリアのこと。
「なぜあんな生き物に名前をつけているのか…」
「仲間とでも思ってるのかね…それとも可愛がるペットか、はは…」
リリアが名乗った名前だ。人魚と人間、外見は違えど意識は同じなのに。
なぜ、自分と違うものを侮蔑するのか、セルには理解できなかった。
昼食を取るために一旦自分の家に戻った。
魚を塩漬けしたものとパンを頬張ると、急いでリリアのいる海岸に向かった。
「!…」
海岸に着くと波が赤く染まっていた。
「リリア…?」
嫌な予感がした。
まだ人々に存在が知られる前、リリアは姿を見た人間に殺されそうになったことがある。
その時はセルが助けて、何事もなかったのだが、またそんなことがあったのだとしたら…。
「どうしたの…?」
「っ!」
セルが顔を上げるとリリアが不思議そうな顔をして見ていた。手には赤い何かの塊。
「ごめん、大きい魚をお土産にしようとしたんだけど、暴れたからこんなになっちゃって…」
「よかった…」
セルは服が濡れるのも構わずリリアを抱きしめた。
自分よりはるかに高い体温に包まれ、リリアの肌はやけどしたように痛みだした。
「あつ…」
「っ…すまない」
セルは感情が昂ぶるあまり、リリアの特性を忘れていた。
水面から出るだけである程度の苦痛があるリリアの肌は、人が触れただけで火傷をしてしまう。
水を介していればなんてことはないのだが、やはり人魚は魚なのだ。
セルが焦った理由を告げると、リリアは納得した。
「あ、血で…」
「すごく心配した、なんとも無くてよかった」
「ごめんなさい、今度から海岸で魚は殺さないから」
「…俺はお前を失いたくない」
「分かってる、大事な役目だもんね」
そういう意味じゃない、と心のなかで思ったセルだった。
午後も気候の観測をして、報告を済ませると、一日の仕事は終わる。
夕焼けに染まる海岸にリリアはいた。
「そんなところにいて平気か?」
「大丈夫、波打ち際だから」
押し寄せては引いていく波に、セルも足をつける。
「ねぇ、行こう?」
「あぁ…」
リリアに導かれ、セルは服を脱いで海に入っていった。
終わり
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