本編後ご飯食べる二人
ああだこうだと言ってもあいつがいなければ、張り合いがない。
私たちはとても、「仲が悪い」のだから。
「お腹が空いたわ」
「それなら俺んちに来るか?」
「あんた…料理できたの」
「それくらいするさ」
「本当に料理できたのね」
「言っただろ」
返事とともに寄せられた眉間のシワが相変わらずだ。
あんなことがあった後だが、二人の間に恋人のような甘い空気はこれっぽちもない。
二人は謎のラブホから解放された後、着替えのために一度桐緒のアパートへ立ち寄り、円道の家にやってきていた。
円道の家は高層マンションの上層階で、部屋はいったいいくつあるのか、とにかく一人暮らしには十分な広さだった。
華美な派手さはないが洗練された品の良い家具が並ぶリビング。
キッチン綺麗に整頓されており掃除もされているが、普段から使われていることが分かる。
壁一面にスパイスや調理器具が並び、かなりこだわっているだろうことが分かる。
「手洗いは廊下を出たところだ」
「それはどうも」
暇を持て余して立ち上がった桐緒に円道はすかさず声をかける。
この男、背中に目でもついているのだろうか…。
部屋をひと通り眺めてから、料理をする円道の手元をのぞき込むと、ニンニクと鷹の目を刻んでいる。
「お前、今日は休みだろ」
「…まあ、あんなことになっちゃったし」
「だな」
口には出されなかったが、一応人前に出る職の桐緒を気遣っての発言だろうか…。
何なのだろうこの男。調子が狂う。
「見る限り、ペペロンチーノ?」
「正解」
食材があまりなかったからな、あと手軽だから。という簡潔な理由を述べた。
今はしょっぱくて辛いものが食べたい気分なのは同意だ。
あんな甘すぎる思いはしばらくご遠慮したい。
そんな風にぼんやり考えているうちに円道はフライパンを温め、油にニンニクの香りを移し始めた。
香ばしいニンニクの香りが立ち始め、食欲を刺激する。
いい匂いだ、と思っていると、待ってる間これを食ってろと、オリーブの塩漬けとチーズのスライスが乗った小皿を渡された。(パルメザンチーズ、カマンベールチーズ、ゴーダチーズ)
普段の喧嘩っ早くてガサツな円道のすることとは思えない桐緒は目を丸くした。
「ありがとう…なんか変ね、本当に調子が狂うわ」
「いいだろ別に、ワイン開けるか?」
「あ…ワインは苦手なのよね」
「そうか。果実酒はどうだ?」
この家の冷蔵庫には恐ろしいほどなんでも入っているようだ。
円道は小瓶の酒を取り出すと、小さいグラスに注いで渡してきた。
「口に合わなかったら俺が飲むから気にするな」
そのまま受け取れば、華やかな香りが鼻孔をくすぐる。
一口飲んでみれば、甘く軽やかな口当たりだ。
「…おいしい」
「ならよかった」
ふっと口角を上げた円道の表情はいつになく穏やかだった。
いつもは獣のような男の繊細な一面を見せられる度に心の水面が波立つ。
この胸のざわめきは…。
まだかかるから座って待ってろとダイニングに座らされる。
円道に出された酒と前菜をつまみながらキッチンに立つ円道の背中を眺めた。
路地裏での光景と重なる。傷を負いながらも逃げずに、背中だけを向けていた。
饒舌ではない円道が襲の前で口にしたあの言葉が真ならば、あの男は自分をあらゆる意味で特別に扱っていたのだろう。
少し頬が熱いのは酒のせいだろうか。
「おい、前空けろ」
考え込んでいたら、いつの間にか両手に皿を持った円道が立っていた。
すっかり空になったチーズの小皿をよけると湯気の立つペペロンチーノが目の前に置かれた。
「…おいしそう」
「当然だろ」
控えめな量が盛られた桐緒のパスタに対し、円道の皿にはこんもりと盛られている。
まじまじと見ていたせいで、勘違いしたのか円道が眉間にしわを寄せた。
「あ?足りねえか?」
「何も言ってないわよ…いただきます」
フォークに巻き付けて一口食べれば、程よい塩加減に唐辛子の辛み、ニンニクの香りがひろがる。
「…おいしい」
「だろ」
「なんか、あんたが料理しているのイメージになくて変だわ」
「悪いかよ…食うもんくらい自分で好きにしてえだろ」
「それはそうだけど、あんたは人に作らせてそうって思ってたわ」
「知らねえ人間が作ったもんなんか食えるかよ…」
「あら、でもあなた外食はしてたじゃない、なんなら怪しいチョコだって」
「あー…外食はいいんだよ、俺のために作るとかそういうのがめんどくせぇ」
「なるほど?詳しく聞きたいところね」
「お前…面白がってるだけだろ」
「それはもちろん、からかいがいがありそうだもの」
「ふん…」
普段の顔を合わせた時のそれよりかは幾分穏やかなやり取りだ。
一時休戦といったところだろうか。
今は素直に食事と語らいを楽しむとしよう。
明日からはまた、二人で「仲良く喧嘩」しようじゃないか。
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